私が授業をする際、子どもたちに対してどういった心構えで向き合っているのか、少しだけお話させていただこうと思います
私と同じような立場にいる方、また、これから塾を選ぼうと思っている親御さん、すでに通塾されているご家庭でも、何か参考になればなぁと思います
・教育者たるもの五者であれ
・貴重な時間をもらっているという事実を認識する
私のベースにあるのはこの2つです
「教育者たるもの五者であれ」
これは、確か東進の安河内先生が言ってたんじゃなかったかな・・・。教育関係の雑誌で読んだ気がします。その内容が非常に筋が通っていて、ひどく感銘を受けたのを覚えています。それ以来、私の中で常に意識するようになりました
その「五者」とは
・学者
・医者
・易者
・役者
・芸者
まずは「学者」
言わずもがな。教える立場であるのなら、その道のプロでなければなりません。勿論、指導を受ける側である生徒の習熟度によっては、学者程の知識がなくても指導は可能です
しかし、本当にその子どもの先々までを考えるのであれば、ただ学校の進度を追うだけでなく、渡されたテキストを前から順当に潰していくのではなく、必要に応じて取捨選択をしていかなければなりません
子どもたちには個性があり、得手不得手に個人差があります。限られた時間、少ない時間を考慮し、一番効果が見られそうな部分を見つけ出し、最適な道を選ぶ。また、今後その科目をやっていくに当たり、最低限身につけておかねばならないことを選りすぐり、指導に当たる
個別指導や家庭教師などでは、大学生が指導に当たる場合が多いです。学校の定期テスト対策等なら、指導側に学者並みの知識は必要ないかもしれません。むしろ、年齢が近いお兄さんお姉さんのような関係が、良い結果につながることも考えられます
しかし、指導経験の浅い方は、自分の経験則で指導に当たる場合が多く、また、運営側の通り一辺倒なカリキュラムをこなすのみの場合が多いです。子どもの目指すものがハイレベルなのであれば、相応に実力のある方に指導を受ける必要がありますし、それなりの試験を通過された方や指導歴の長い方に指導を仰ぐ方が、ずっと結果は出やすいといえます
そして「医者」
生徒のある特定の科目について、その成績が思うように上がらない場合、どこが理解不足なのか(患部の発見)、どういった対処をすればよいか(外科的処置)、的確に判断できなければなりません
この「医者」の役割を果たすためには、やはりその科目を知り尽くしている必要があります。ある単元が思うように伸びない場合、必ずその前のどこかに躓きがあるはずなんです。症状が出ている箇所、そこに繋がっている原因となる箇所、そこをなるべく早く発見し、適切な処置を行う必要があります
応急処置(直近の点数対策)や、根本的な治療(受験に向けてじっくり対処)など、処置の方法は様々。もちろん、長く放置しておけば症状は悪化する一方ですし、合併症も引き起こします(短答式の論述が書けないまま放置すると、証明や作文も書けなくなります・・・)
あくまで「その教科について」「その科目の成績」というに部分に限っているのがポイントです。講師の存在意義である「成績向上・理解度アップ」のために、具体的かつ的確な行動が出来なければならないのです
さらに「易者」
占い師ですね
占い師というと、人によっては胡散臭さを感じるかもしれませんが・・・
易者の仕事の本質は「相手の悩みを解決する方向へ持っていくこと」にあります。おそらく、星の動きだとかナンダとか、それはあくまでオマケであって、話術なんだと思うのです。星の動きはあくまで道具。単なる統計です(・・・と思います)
子どもは勉強以外にもやることがたくさんあります。むしろそれが正しいあり方です。友達や家庭や趣味、将来のことなどなど。考えることはたくさんあります。悩むこともたくさんあるでしょう。そんな色々な悩みを乗り越えることで、彼らはあらゆることを吸収していきます
しかし、そのバランスが崩れ、本業の勉強にガタがきては考え物。そのバランスをうまくとってあげるのも、実は講師の役割だったりします
人生や生き方のプロではないので、それこそプロの易者の方のようにはいきませんが・・・。それでも、人生を少しだけ長く生きた先輩として、「こう考えてみてはどうか」「こうしてみたら違うものがみえてくるのではないか」等々、彼らが深みにはまらないよう、軌道修正します。そして、バランス良く、勉強も進められるようにします
ついでに「役者」
これについては、私は2つの理由から必要なことだと思っています
まず1つ、私のプライベートなことは子どもたちに一切関係ないということ。どんなにつらいことや心配なこと(私の場合は基本猫)があっても、一度スイッチを切り替えたら脳内から消す!うれしいことがあってテンションが上がっても、一切忘れる!
指導する側のテンションに差があると、子どもは当然困惑します。当たり前です。常に鉄壁フラットでいること。講師はこれが絶対です。イライラすることがあって人様の子どもに当たるなど言語道断です
そしてもう一つ、これは個別指導や家庭教師のような、密接な関係にある場合ですが、子どものタイプに合わせて多少キャラ変することが必要なのです
かつて集団授業がメジャーだった頃は、先生のキャラが濃く、名物先生など人気講師がいて生徒がそれに合わせていく形でした。今は個別が主流で、生徒に講師が合わせていく方がうまくいくようになったのです
ギャルっぽい子やおとなしい子、スポ根系の子等々、好みのネタや話しやすい雰囲気は様々です。その子と話してみて、趣味は何か、どんな性格なのか、色々プロファイリングしたのち、彼らにとって勉強しやすいキャラになり、授業を進めていきます
仕上げの「芸者」
講師たるもの、授業を盛り上げてナンボです。授業が楽しくなきゃ、子どもはその教科を好きになりません。苦手意識は消えていきません
あくまで我々の仕事は「サービス業」。宿題をやらなかったら注意をしますし、その具体策を一緒に考えます。決して、やらなかったことに対し頭ごなしに怒ってはダメなんです
いつぞや雑誌で「親の許可を得て、できが悪かった場合は手を上げる」なんて塾が紹介されていました。昭和の時代を生きた指導者と親御さんでしょうか。そこに子どもに意思はありますか?子どもは大人の所有物ではありません。恐怖で子どもを動かすことは、講師に指導力がないと自白しているのと同じです
講師が「芸者」としての顔を持ち、授業を楽しく進めることの重要性についてはこちらにも書いてあります
軽いコラム感覚でご覧ください!
時間はその人の財産。毎週決まった時間を一緒に過ごすという意味
私はこの感覚をとっても大事にしています
時間は皆平等。家事代行とか最新家電にやってもらって時間を有効活用・・・なんて意味では、時間がある人・ない人、いるかもしれません。しかし、物理的な意味では1日24時間、金持ちもそうでない人も平等です。お金を積んでも36時間にはならないのです
それは、小学生も、中学生も高校生も同じ。彼らにとっても等しく与えられた「財産」なのです
それどころか、彼らにとっては、勉強以外の様々なことにふれ、私たち以上に沢山のことを吸収する短く貴重な時間。そんな彼らの時間を、塾は、講師は、もらっているんだと思うのです
彼らの貴重な「時間」をともに過ごすのであれば、彼らにとってあらゆる意味で有益な時間でなければなりません。サービス業であること以上に、彼らの貴重な時間に値するものを提供するべきだと思います
関数や文法だけでなく、時間管理の仕方、課題の処理手順。カッコつけた言い方ですが、要は、テストまでの逆算や宿題・ワークのこなし方ってことです笑
宿題やってこない子には、なぜやらないのか理由の追及(絶対逃がさない)、その対策。定期テストが振わない子は、弱点の見つけ方・タイムスケジュールの作り方。こういったことを繰り返し指示することで、彼らは問題点の発見や対処の仕方、課題の乗り越え方が身につきます
数学や英語が、「人生」に置き換わるだけ。私たちは関数を教えるのではなく、「方法」を教えるんです。それも、楽しく!
その課程で、成績が上がったり、試験に合格したり・・・成功体験を積むことで、彼らはさらに成長していきます
一緒に過ごす時間それを繰り返せば、いずれ英語の慣用表現は忘れても、「方法」は忘れないみたいです
私こそ「ありがとう」・・・ってなる
先日、高校卒業を目前に控えたJKからもらいました!!
「塾にくるのも、あと3回だね・・・早かったね-」なんて話していたら、「これ先生に」と。「私、この香水好きでさ、香りよくない?」だそうで
彼女の好きな香りのハンドクリーム
うれしいなぁ笑
BBAがJKと同じ香りって許されるの?笑
彼女は音楽コース。学校の卒業コンサートに行ってきました
猫のマグカップをわざわざ選んでくれた子もいた。手紙を書いてくれた小学生や中学生もいた。高校入ってから、「勉強のやり方がわかったから」と、上位をキープし指定校推薦で大学行った報告くれた子も。「先生の真似してみた!」と、塾講バイトを始めた子も・・・
彼らのために、と仕事を続け、結果的には私が「ありがとう」を言う羽目になる
こういった心構えで、こんなにも素敵な仕事をさせてもらってます
ありがと!
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